共和国か宗教か、それとも
宇野重規/伊達聖伸
白水社 · 2015年12月11日
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内容紹介
シャルリ以後のフランス学へ 宇野重規・伊達聖伸・高山裕二編著『社会統合と宗教的なものーー十九世紀フランスの経験』を刊行して、ほぼ五年が経過する。東日本大震災の混乱のさなか日本社会を支える根本的価値の再検討という問題意識から同書は大革命後の十九世紀フランス社会に辿り着いた。 そこで見出されたのは、まさに〈神々のラッシュアワー〉状況だった。カトリックに代わる新たな精神的支柱を求めて「宗教的なもの」を追いかけた革命後の社会が混迷を深める日本社会と、それこそ結びついた(「宗教」の語源はラテン語の「再び結び付ける」にあるとされる)。 そこで本書である。続編として『共和国か宗教か、それともーー十九世紀フランスの光と闇』を刊行する意味は果たしてあるのだろうか? この点で大きいのは今年フランスを襲ったテロである。 シャルリ・エブド事件、そして編集の最終段階で起きたパリ同時テロ事件は、フランスないしは大革命後の「世俗化した」社会の在り方をゼロから問い直させる事件だった。メーストル、シャトーブリアンからジョレス、モースまで、シャルリ以後のフランス学に向けた野心作。 序章 「宗教的なもの」再考ーーシャルリ事件を超えて 宇野重規 1 反動の後で 第一章 二つの宗教の狭間にーージョゼフ・ド・メーストル 川上洋平 第二章 近代世界という荒野へーーシャトーブリアンと宗教 片岡大右 第三章 モノに魅惑されたリベラルーーミシェル・シュヴァリエ 高山裕二 鼎談 シャルリ以後の新たなフランス学に向けて 前篇 宇野・伊達・高山 2 共和国の聖人たち 第四章 「普遍史」とオリエントーージュール・ミシュレ 杉本隆司 第五章 詩人が「神」になる時ーーヴィクトル・ユゴー 数森寛子 第六章 「国民」と社会的現実ーーマルセル・モース 赤羽悠 第七章 社会主義と宗教的なものーージャン・ジョレス 伊達聖伸 鼎談 シャルリ以後の新たなフランス学に向けて 後篇 宇野・伊達・高山 追記ーーパリ同時テロ事件に寄せて 宇野重規
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