人文・思想・社会
人を生かす倫理 : フッサール発生的倫理学の構築
山口一郎
知泉書館 · 2008年11月
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内容紹介
倫理学は「善し悪しの基準」を誰もが納得できる原理として表現することである。自分だけでなく他の人が「納得できた」という客観性はいかにして可能か。言語や数理・論理が,自分の自覚と他の人の自覚を結びつける「誰もが納得できる」学問基盤として十分でないなら,倫理学の基礎はどこにあるのか。 フッサールは「各自の自覚や自己の中にある分からなさ」を学問の出発点とし,倫理学は無意識から自覚がどう生成してくるかを問わねば学問的厳密さを確保できないとして「無意識の現象学」を構想した。 本書は「発生的倫理学」の観点から無意識の身体性の形成を軸に,いまだ自他の自覚と人に生かされることが自覚できない倫理以前の段階と,自他の自覚が成立し,善悪の基準を求めて生きる倫理の段階,「生きる動機」が自覚され自我中心性から解放された「無私性」とうい倫理以後の段階を構想,倫理以前と以後のあいだに「人を生かしている」という事態を位置づけることによって,現代倫理の主流である禁止の倫理を,隠れて働く「生きる動機」の自覚を通して生かされていることが自覚できる「人を生かす倫理」に統合した。 序 論 1 フッサール発生的倫理学の領域設定 フッサールのイギリス経験論における 快楽主義批判とヒュームの道徳哲学批判 フッサールのカント道徳哲学批判 フッサール発生的倫理学の基本構造 2 発生的現象学における 「倫理以前」という倫理の基盤の開示 「事実/本質」の二項対立に先行する 「超越論的原事実」の概念 発生的現象学の根本原理 ーー「時間と連合と原創設」 3 発生的倫理学の三層構造 間身体性と相互主観性の発達 間身体性における倫理の基盤の形成と 倫理の領域との関係 沈黙からの倫理 ーー「我ー汝ー関係の無私性」から湧出する倫理 4 発生的倫理学の学際的諸研究領域 脳科学と発生的現象学の倫理 認知運動療法と現象学、そして倫理の問題 ーー運動と自由 法のパラドクス、規範を事実とみなせるか?
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