内容紹介
親鸞論が絶筆となった三木清、伝記映画を監督制作した三國連太郎、 親鸞の晩年について集中的に論じた吉本隆明…。 日本の知識人は、なぜ生涯のある時点で親鸞と出逢うのかー。 著者は宗教学を学んだ学生時代、世俗を選んだ親鸞の生き方を認めたくなかった。ところが後年、戦地と占領地で現実の苛酷さを前にしたとき、著者の前に再び親鸞が立ち現われてきた。自分の意志で手にとったのではなく、親鸞が接近してきたのだ。 『歎異抄』『教行信証』を独自の視点で読み解くとともに、三木清、三國連太郎、吉本隆明を通して、親鸞思想の現代的意味を問う、渾身の書下し! 親鸞への接近 親鸞とわたし 『歎異抄』について 『教行信証』論 『歎異抄』のスタイル 和讃と今様 仏教用語翻訳の難しさ 礼如さんの思い出 赦すということ 三木清 終末の近傍で 三國連太郎 差別への眼差し 吉本隆明と〈解体〉の意志
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