内容紹介
◎鷲田清一さん書評(「朝日新聞」2024.7.17 & 18) 《世界を理解すべく言葉でそれを切り分けてゆくが、そのことで世界の複雑さを切り詰め、 己の経験を型に嵌める。それに抗って、人は元の混沌から再出発しようとする。看護でも自分は理解以上にためらいを大切にしてきたと》 「『わからない』というところから出発するためには、『わからないこと』に耐えつつ、『わからないこと』を相手と共に悩むような姿勢が必要です。それは自信満々の医療というものではありません」(本書より) 自分が語るのではなく、苦しみのベッドサイドで相手の話を聴く哲学へーー。看護・介護から臨床哲学の道に進み、哲学カフェやダンスワークショップの活動にも取り組む著者の歩み、人々との出会いを語るエッセイ集。解説 天田城介 *『臨床哲学への歩み』初版第一刷の内容に誤りがありました。読者の皆様に心よりお詫びするとともに、以下の通り訂正いたします。 カバーそでの著者紹介 誤 1975年、大阪生まれ 正 1957年、大阪生まれ 171頁 最終行 誤 植島啓治先生 正 植島啓司先生 プロローグーー曖昧 1 臨床哲学への歩み 「感情労働」って言うな!--臨床哲学の立場から 医療に哲学は必要か? 生まれてこなかった子どものために 洛星高校で授業したよなあーー〈老いる〉を哲学する 2 ココルームのこと、とつとつダンスのこと 孤独に応答する孤独 釜ヶ崎の人、ふじやん ココルームで遊びすぎた 愛のレッスン 認知症と呼ばれる老い人との関係を考え直す 3 出会いから考える 鷲田さん、とのこと 中井久夫は渋いーーナースだった男がしびれたこと 記憶のかけらーー陸軍看護婦になった母 動くためにとまる エピローグーー後知恵 あとがき 解説 「えらい気前のええお天道様やな〜」という言葉を紡ぐ哲学の人 天田城介
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