スタジオジブリの想像力 : 地平線とは何か

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スタジオジブリの想像力 : 地平線とは何か

三浦 雅士

講談社 · 2021年8月

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内容紹介

……アニメーションの魅力を全面的に開花させたのが、高畑勲さん、宮崎駿さん(以下敬称略)といった人々によって担われたスタジオジブリの作品群であったと、私は考えています。高畑や宮崎といった作り手の仕事の素晴らしさについて私はこれからお話ししたいと思っているわけですが、そのためにはまずアニメーションそのものの魅力について語る必要があります。 (中略)  ルネサンス絵画の本質はアニメだということです。  ボッティチェリの『春』でも『ヴィーナスの誕生』でもいい。たくさんあるラファエロの聖母子像でも『アテネの学堂』でもいい。登場人物はすべて動き出そうとしている。静止画でさえ、いまにも瞬きしようとしている。これはもう、ルネサンス絵画の本質というよりは西洋絵画の本質で、ボッティチェリだろうがラファエロだろうが、レオナルドだろうがミケランジェロだろうが、さらには時代下ってカラヴァッジョだろうが、あるいはレンブラントだろうがフェルメールだろうが、すべてそうです。  ということは、彼らの絵をもとにしてアニメが作れるように出来ているということです。原画もキャラクターも台本も全部そろっている。ボッティチェリ作画、高畑勲監督『春』なんてことがありえたということです。それこそが、イタリア・ルネサンスの魅力の核心であると考えたほうが、よほど分かりが早い。実際、コマーシャル・フィルムなどで、そういうことを試みている例ーーたとえば優しくウィンクする『モナ・リザ』--が少なくないわけですが、コンピュータ・グラフィクスの驚異的な発展がこれからどんなことを可能にするか、空恐ろしいほどです。ルネサンス絵画のすべてが動き出すことになるかもしれないわけですから。 (中略)  ……その眼で眺め直してみると、ゴンブリッチが援用したジェームズ・J・ギブソンの知覚論や、ルドルフ・アルンハイムの視覚論、エルンスト・クリスのカリカチュア論を含む精神分析的美術論などが、アニメーション探究に役立たないはずがありません。漫画論ーーとりわけ少女漫画論、劇画論ーーについてはもちろんのことです。  西洋ルネサンスとアニメ・ルネサンスを雁行する視覚芸術史上の事件として眺めるというこの考え方は、さらにいろいろ興味深い示唆を含みます。たとえば前者においてはキリスト教が占めた位置を後者においてはエコロジー(生態学)信仰が占めています。終末論として似ているのです。  高畑の作品も宮崎の作品も、大略、このような視点から眺められなければならないと私は思っていますが、しかしそれだけではもちろんありません。 (第一章「絵より先にアニメがあった」より抜萃) 第一章 絵より先にアニメがあった 第二章 なぜ宮崎アニメでは空を飛ぶのか 第三章 飛翔する力がジブリを創った 第四章 地平線という主人公ーーギブソンと宮崎駿 第五章 恋愛の地平線ーー「天空の城ラピュタ」 第六章 地平線と火の接吻の物語ーー「ハウルの動く城」 第七章 内面空間としての地平線ーー「千と千尋の神隠し」 第八章 地平線の比較文学ーーフォード・黒澤・宮崎駿

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