物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために

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物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために

難波優輝

講談社 · 2025年7月17日 · 237ページ · 講談社現代新書

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内容紹介

物語はなぜ苦しいのか?「物語」が過剰に要求される現代社会で、「人生とはかくあるべきだ」という押しつけに抗う。 新進気鋭の美学者による「次世代の哲学」。 【推薦の声、続々!】 〇永井玲衣氏(哲学者・『水中の哲学者たち』『世界の適切な保存』) わたしたちは何のために哲学するのか。 それは、もっと世界に出会うため、もっと広々とした場所に行くため、もっと可能性にめまいをおぼえるためなのかもしれない。難波さんは、考えれば考えるほど、自由になっていくみたいだ。 〇田村正資氏(哲学者・『問いが世界をつくりだす』「あいまいな世界の愛し方」『群像』) ずっと、アイデンティンティを見つけなければと思っていた。 でも、アイデンティティという名の物語に囚われていただけだったのかもしれない。難波さんの本はそんな僕に「世界を見くびるな。そこから出てこい!」と語りかけてくれる。 【抜粋】 清涼飲料水の広告の少女はいつもドラマティックな青春を謳歌しているし、「推し」はファンの期待した筋書きどおりに振る舞うし、就活面接では挫折経験を「美談」として語らねばならない。 私は端的にこう思う。何かがおかしい、と。 人々はあまりにも強い物語の引力に引き寄せられて、もはや物語に支配されつつあるのではないか、と私は危惧し始めた。 だから、私はこれから、物語に対抗したいと思う。何かしらの物語が私たちの幸福を奪うのだとしたら、もはやそんな物語は廃棄されるべきだろう。私はよき物語を愛している。それゆえ、物語を批判したいと思う。愛するということは、支配されるわけでもなく、支配するわけでもなく、独特のバランスのなかで惹かれ合い、反発し合うことなのだと考えている。 第一部の「物語篇」では、物語化の持つ魔力と危うさを論じていく。第二部の「探究篇」では、物語の危険を避け、物語を相対化できるような思考を「遊び」を手がかりに探索していこう。その中で、改めて物語との向き合い方がみえてくるはずだ。 物語化批判、そして、遊びの哲学を始めよう。 【内容紹介】 〇 誤解を生む「自分語り」(第1章 物語批判の哲学) 〇「感情的だ!」という批判をする人こそ、実はもっとも「感情的」(同上) 〇 アイデンティティは服のように「着替えられる」(同上) 〇 人生を「攻略」しようとする人が陥る「視野狭窄」(第2章 ゲーム批判の哲学) 〇 なぜ人は「考察」と「陰謀論」にハマってしまうのか(第3章 パズル批判の哲学) 〇 真のギャンブラーが欲しいのは「お金」ではない(第4章 ギャンブル批判の哲学) 〇 残酷だけど創造的な「おもちゃ的生き方」(第5章 おもちゃ批判の哲学)

  • Bびー

    2026年6月16日

    読みやすい

    難しいことが書かれているはずなのに読みやすい。 物語をたくさん読むことで情緒が育まれると思っていたけど、そうすることで世界に適合した情緒を持てるようになるとは限らないのかと思った。 以前、依存症の治療を行なっている人の本を読んだ時に依存症のメカニズムについて少し理解したが、この本では哲学的にギャンブルに依存する人のことを理解する試みが為されている。一つの事象をとってもアプローチの仕方で多様な理解が得られるのだと実感した。

みんなの引用・メモ

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  • 引用p.143第3章 パズル批判の哲学
    批評とは、フェミニスト批評理論やポストコロニアル批評理論といった何らかの批評理論に基づいて、社会の変革を意図しつつ作品を解釈したり(批評理論的批評)、作品の分析を通じて、音楽や映像分析に一般化できるような枠組みを作り出したり(詩学的批評)、あるいは理由に基づいた価値づけを行ったりする(価値づけ的批評)活動である。  考察はこれらを行わない。何らかの批評理論に基づいて作品を論じることはない。  考察者たちは作品を元にして自分の独特な作品解釈を語る。(中略)それは、健全な推論や精査に耐えうる議論を目指すというよりは、形式にこだわらない仕方で作られている。考察とは二次創作なのである。
    Bびー2026年4月22日
  • 引用p.64
    数多くの物語を鑑賞することで「物語に対して適切に情動を感じる能力」を高められたとしても、それが「現実世界に対して適切に情動を感じる能力」を高めたことにはならないケースもよくある。両者は、異なる情動のルールに基づいて評価されるからだ。
    Bびー2026年4月19日
  • 引用p.55第1章 物語批判の哲学
    情動は慣習の中で身体に刻み込まれ、私たちはその情動の中で人生を生きるのだ。(中略)私たちは自然そのままの、天然の情動を持つわけではない。文化の中で情動は作り出される。どのような習慣をもつ社会の中で生きるかによって、私たちがどのようなタイプの怒りや悲しみを抱き、他人に伝えてよいかが変わる。
    Bびー2026年4月19日
  • 引用p.45第1章 物語批判の哲学
    物語は情動のアートである。(中略)物語は、あらゆるドキドキ、恋心、不安、喜びを安全に味わうことができる。命の危険なしに恐怖を楽しみ、避妊を気にせず性的興奮に入りこみ、新しい恋を始める必要なく恋愛感情を楽しむことができる。情動それ自体を美的に味わうことができるのだ。
    Bびー2026年4月19日

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