悪と全体主義

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悪と全体主義

仲正昌樹

NHK出版 · 2018年4月 · 221ページ · NHK出版新書

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内容紹介

世界を席巻する排外主義的思潮や強権的政治手法といかに向き合うべきか?ナチスによるユダヤ人大量虐殺の問題に取り組んだハンナ・アーレントの著作がヒントになる。トランプ政権下でベストセラーになった『全体主義の起源』、アーレント批判を巻き起こした問題の書『エルサレムのアイヒマン』を読み、疑似宗教的世界観に呑み込まれない思考法を解き明かす。

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みんなの引用・メモ

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  • 引用p.208終章「人間」であるために
    その都度民主主義的手続きに従って決めたこと、法令になったことには従わなくてはいけないが、「法」や「道徳」の本質についてはいくら議論してもいい、というより議論してもらわないと困る。そう考えるのが、自由民主主義です。しかし、全体主義の下では、ヒトラーの意思とか共産党の決定が、“法”だと決まったら、それ以上、議論することが許されない。それ以外の「法」の在り方について、自分の頭で考えることは許されない。 (中略) 社会の支配的なものの見方と自分のそれが完全に一致している(と思い込んでしまう)時、ヒトは本当に意味で、「考える」ことができなくなります。
    Bびー2026年4月12日
  • 引用p.189第4章「凡庸」な悪の正体
    アーレントが複数性にこだわっていたのは、それが全体主義の急所だからです。複数性が担保されている状況では、全体主義はうまく機能しません。だからこそ、全体主義は絶対的な「悪」を設定することで複数性を破壊し、人間から「考える」という営みを奪うのです。
    Bびー2026年4月12日
  • 引用p.183第4章「凡庸」な悪の正体
    アイヒマンがいかに陳腐で、どこにでもいそうな人間だったとしても、彼を死刑にすること自体にはアーレントも反対していません。ただ、彼を死刑に処すべき理由は、彼に悪を行う意図があったかどうか、彼が悪魔的な人間がったかどうかということとは関係なく、人類の「複数性」を抹殺することに加担したからだと主張しています。  或る〈人種〉を地球上から永遠に抹殺すること公然の目的とする企  てにまきこまれ、そのなかで中心的な役割を演じたから、彼は抹殺  されなければならなかったのである。 人間は、自分とは異なる考え方や意見をもつ他者との関係のなかで、初めて人間らしさや複眼的な視座を保つことができるとアーレントは考えていました。多様性と言ってもいいでしょう。アイヒマンが加担したユダヤ人抹殺という「企て」は、人類の多様性を否定するものであり、そうした行為や計画は決して許容できないというわけです。
    Bびー2026年4月12日
  • 引用p.10はじめに
    この二作を通じてアーレントが指摘したかったのは、ヒトラーやアイヒマンといった人物たちの特殊性ではなく、むしろ社会のなかで拠りどころを失った「大衆」のメンタリティです。現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていくーーその過程を、アーレントは全体主義の起原として重視しました。
    Bびー2026年4月12日
  • 引用p.8はじめに
    ユダヤ人の歴史は迫害の歴史ともいわれますが、西欧の近代社会においては(少なくとも形式的には)平等に扱われ、それは市民社会的な常識として定着しているーーと、アーレントは考えていました。しかし彼女が前提としたその常識は、ユダヤ人問題に対するナチスの「最終解決」によって完全に打ち砕かれます。前後になって明るみに出た組織的大量虐殺の実態は、アーレントの想像をはるかに超えるものでした。
    Bびー2026年4月12日

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