独在性の矛は超越論的構成の盾を貫きうるか
永井均
春秋社 · 2022年10月18日
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内容紹介
なぜひとつだけむきだしの心が与えられているのか。なぜ私である人と私でない人が存在するのか。ウィトゲンシュタイン、ザハウィ、大森荘蔵らを参照しながら、新局面を伐り拓いて螺旋状に深化していく、私・現在・世界をめぐる永井独在論哲学の現在地。 はじめに 第1章 いかにして心や意識は他の諸々の存在者と同種の並列的存在者となりうるのか 第2章 そもそもなぜ私である人と私でない人が存在するのか 第3章 懐疑論は本当は何を問題にしているのか 第4章 問題の概念化とそのうえでのさらなる懐疑の可能性 第5章 「クオリア」と「ゾンビ」の真の(隠された)意味 第6章 自己意識・再論(1) 世界は実在しない 第7章 自己意識・再論(2) 世界には矛盾が内在している 第8章 独在性の問題と「私」の主体としての用法との関係 第9章 ヘクター=ネリ・カスタネダの発見も独在論的に解釈されなければならない 第10章 シドニー・シューメイカーの洞察も独在性によって根拠づけられなければならない 終章 いかにして超越論的構成の盾は独在性の矛を防ぎうるのか 付論 大森荘蔵の何が画期的でしかし私はその何に不満を感じたか
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