時間と死
中島義道
筑摩書房 · 2024年6月10日 · ちくま学芸文庫 ナー8-4
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内容紹介
「自分が死ぬとしたら人生には意味がない」? 客観的世界が仮象であるならば、違った転換が可能になる。著者が積年の問題に対峙しする。 === 過去・現在・未来という時間の様相は、言語によって作られた概念である。世界はそのつど湧き出しては消えていく〈いま〉の連鎖なのであり、客観的世界も客観的時間も仮象にすぎない。ならば、「私」が死ぬとは、少なくとも、私が客観的世界から消滅することではなくなる。若き日から「自分がいずれ死ぬとしたら人生には何の意味もない」という呪縛に捉われてきた著者が、本書でついに「死」という問題そのものに対峙する。そして「私の死」の裏側にはりつく過酷な意味から脱却し、「私」は単に人間として死んで終わりであるような存在ではないという地点に達する。著者の哲学的思考の到達点。 === 「私の死」は、 世界からの消滅ではない === はじめに 第一章 時間と「時間」という概念 現在・過去・未来は時間の必然的な存在性格であるのか?/空虚な時間/マクタガート/時間の実在と対象の実在/文法的優位/時間と実在/〈いま〉の長さ/物質の湧き出しと〈いま〉 第二章 過去が「もうない」とはいかなることか? 1 想起と過去 想起は過去の事象に的中しているのか?/フッサールのブレンターノ批判/第一次想起と第二次想起/現に体験したこと/想起の内容と対象/保存されている過去と直線時間/過去への運動? 2 大森荘蔵の時間論を批判する 立ち現われ一元論と過去/過去の制作論への転換/過去自体と物自体 3 超越論的観念論 自己同一的なもの/超越論的観念論と物質/超越論的現象学と物質/物体と物質とのあいだ 第三章 現在が「ある」とはいかなることか? 1 アリストテレスの〈いま〉 知覚する時としての現在/限界としての〈いま〉/微小な〈いま〉/拡大収縮する〈いま〉/時間の空間化?/本来的時間と非本来的時間 2 アウグスチヌスの現在中心主義 精神の延長/本来的現在と非本来的現在/「生き生きした現在」/想起における作用と内容 3 自由な行為の時 行為の開始の時としての〈いま〉/原因としての意志?/〈いま〉と未来との境? 第四章 未来は「まだない」のか? 「まだない」とはいかなることか?/予測された未来とは過去における未来である/未来と無知/神の決定と無知/超越論的仮象 第五章 「私」の死 超越論的統覚と「現存在の感じ」/物自体と英知体/永井均の「カント原理」について/超越論的統覚と「私」の死/「不在」から「無」へ あとがき/文庫版へのあとがき
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