二枚腰のすすめ

二枚腰のすすめ

鷲田清一

世界思想社 · 2020年6月10日 · 教養みらい選書 6

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内容紹介

出口なし、行き場なし、底なし沼 どん底でも 押し潰されずに もちこたえるための算段 哲学者が答える71の悩み 弱さを強さへ裏返す! 読売新聞の人気連載「人生案内」から名問答を厳選。 回答を裏打ちする人生作法を 「二枚腰のすすめ」として新たに書き下ろし。 さらに付録として、自身の二枚腰の人生を描いた、 写真満載の自筆年譜と、全著書リストを収載。 ___ はじめに  二〇一三年の一月から二〇一九年の七月まで、私は読売新聞の「人生案内」という、一〇〇年以上の歴史をもつ欄ーー大正三年の開始当初は「身の上相談」というタイトルだったそうですーーの回答者という役を務めておりました。  じぶんが「人生の案内人」にふさわしい者でないことは、なによりじぶんがいちばんよくわかっていましたので、このお話をいただいたときにはちょっとうろたえました。  幼い頃から長じてもなお、人としていっぱい失敗や挫折をしてきたし、世間からどう見えるのかよくわかりませんが、「よくやった」とか「ご苦労さんでした」とか言ってもらえたときも、その実態といえば、たいていは妥協の産物で、じぶんでは納得していない、いや、じつはほとんどがや【、】り【、】そ【、】こ【、】な【、】い【、】だったと思ったからです。  そんな私がこの回答役を引き受けたのは、まさに相談には「答える」以外にも「乗る」という手があると知ったからです。乗るだけならいろいろな手がある。じぶんはこうして失敗したと返すこともできるし、あなたの言うことはわからないでもないが、正直なところ納得できないと返すこともできる。さらに相談事そのものへの疑問を呈することもできる。私はいまでもいろんなもやもやを抱え込んでいるので、たぶんもやもやをもやもやとして受けとめることはできる。おんなじように思っている人はここにもいますよと。そう思い定めて、しばらくだったらと、この話をお引き受けしたのでした。  かすり傷から深手の傷まで、深い浅いは別として、痛手をいちども抱え込んだことのない人などいません。この痛手にもちこたえられるだけの生き方の軸というものを見つけられないあいだは、いつまでもこの痛手を、納得できないままに引きずるしかありません。それは「そろそろお迎えが」という年齢になってもおなじです。それでも、書かせていただく以上は、少なくともその納得できないものの感触をしかと掴むところまで、相談人を引っ張っていきたいとの思いはありました。悩みはこれで終わりではないですよ、もっと先がありますよ、とも伝えたいと思いました。それは希望の在りかを伝えるということではありません。しいていえば、痛手を繕うのではなくて、人としての〈業〉と向きあうところまで行かないうちは、答えは出ないということです。  と同時に、倒れないで、という希いは強くあって、だから問いに押しつぶされずにもちこたえるための算段は、しかと伝えようと思いました。その二枚腰、三枚腰の構えについては、10章の「二枚腰のすすめ」という文章にまとめて記しています。

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