正欲

正欲

朝井 リョウ

新潮社 · 2023年5月 · 新潮文庫

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内容紹介

自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよなーー。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繫がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。

  • 小さい小説家

    2026年9月14日

    全てが正しい訳ではない

    この本を読んで、自分の欲というものを考えた。 シンプルに見れば、ごく一般的な正欲と一緒なのかもしれないが、深く深く奥底のものを探っていけば、周りと違う欲はある。 でも言えないのは、自分で周りと違うと線引きをしているから。 分かり合えないと、分かっているからこそ、そういう欲というのは普通から弾き出されてしまう。 きっと、私もそうするだろう。 分かってもらえないのならば、自ら傷付きたい訳でもない訳で、自分を知って欲しいとは思えない。 けれど、"そういう人もいる"と分かって欲しいと感じる。 この「正欲」は、複雑に書かれているけれどもっと、シンプルなのかもしれない。 普通に合わせる能力も私達には備えないといけない。 でもこれもきっと、自分の欲に繋がっていくものになるんだろうか。 深くて、複雑で、自分を見直せるものになった。

  • あら

    2026年8月23日

    難しい

    ネタバレを含むレビューです (タップで表示)

    東野さんの解説も良かった。 以前聞いたような、多様性を受け入れないことも含めて多様性だ論は最近はどんな感じなのだろうか。 たしかに、受け入れられる範囲の多様性以外には、嫌悪感抱いちゃうな。そんなに許容範囲広くないです私。マイノリティ側の心も知ってるつもりだったけど、理解されない諦め感も知っているつもりだったけど、夏月や大也のようなマイノリティ中のマイノリティは想像つかないや。私は八重子レベルだろうな。彼女のやってることちょっと引いちゃうけど笑 朝井さん意地悪という解説、私も同感。綺麗な顔して、すごい嫌なところを書いてる。 言われてみればマジョリティ側がまだまだ正義だね。これから変わるのかしら。 パートナーから不意に「むっつり系って怖いんだよ、分かりやすい部位を好きっていう単純なヤツのほうが安心できる」と言われた(彼はこの本を知らない)。男は無視でも避けるでもなく、積極的に排斥してくる、理由がコレかなと思った。(パートナは避ける系だと思うけどネ) マイノリティ側の読書感想を聞いてみたい。どこに反応するのか。夏月のように理解者を得られることなのか、マジョリティ側の人間ってこういうところあるよね、なのか。

  • ユーザー#2061

    2026年7月25日

    何をどう感じるかは多種多様。正欲を何度も何度も正交渉する(話し合う)←東畑さんの解説も良かった

  • のん

    2026年6月10日

    普通ってなんだろう、異常ってなんだろう 正義ってなんだろう、悪ってなんだろう 悪だと思ってた人は本当に悪だったのか と思う一冊だった

  • 蟹クラブ

    2026年5月9日

    朝井リョウの小説を読むと社会に対して不寛容でいたくなる衝動が刺激されるな〜と感じながら読了。それは防衛反応の一つで、社会の正しさによる暴力を受けるという部分に自分を重ねているから生じる反応だと思うの。 私の中の正欲を一つ述べるとするならば、透明な存在として無いもの、社会の想像の範囲外にいるから主張の番すら回ってこない人たちのことを児童ポルノの土俵で表現した意図が知りたい。(作品を出す前後のインタビューを私は全然認知できてないから気が向いたら調べようと思う)でもこれを言い出すと「じゃあ、〇〇という属性の人の被害の土俵ならいいってことですか?それも暴力では?」と言われそう。そもそも知りたいという欲求も正欲だし、こういう主張を人目に触れる場所で公開するという行動の背景には「言ってやりたい」みたいな暴力も正欲だし、、、何を言っても何を補足しても不安だなと思う。解説の東畑先生の文章がかなり良かったのでそちらも必読。

  • bookworm

    2026年4月13日

    色々考えさせられる作品

    相手に共感したり理解を示すのも、相手からしたら変に同情されているように思うかもしれないし、安易にできないなと思った。「私は理解してる」というような態度をとっても、本当に理解できてるとは限らないし、「自分はわかってる」って思い込んだり、さらに深入りしようとしたり、詮索したりする事は傲慢だし、烏滸がましいなと思った。 そもそも尊重します、とか受け入れますとかっていうのはマジョリティ側だから言える言葉であって、よくよく考えれば何様?とも思うし、やっぱり傲慢だなと思う。 「多様性を大切にしよう」「普通じゃなくても大丈夫」そんなような言葉をさらっと口にしちゃいけないなーって感じた作品だった。 中3の時に書いた読書感想文で、多様性を認める、理解することができなくても、「そういう考えもあるんだな」くらいに知ることが大事って書いた気がするけど、大事っていうよりかはそのぐらいしか自分にはできない、という言葉の方が正しいのかもしれないと感じた。 「マイノリティであろうが、マジョリティであろうが、自分と違うものを無下にせず、無理に受入れることもせず、今日のごはんはハンバーグがいいな、私はラーメンがいい、くらいの意見の不一致として概念のように受入れることは出来ないだろうか。私はこれが好き、あなたはこれが好きなんだね、へぇーくらいの軽さでみんなが過ごせたらいいのになぁと思った。私が出来ているかは分からないけど。誰でも、何事も背景がある事を忘れずにいたい。」 と感想を書いてる人がいて、一言一句その通りだなと思った。 「正欲」は世の中に生きる中で正しくありたいっていう意味?そしたら、正しいって何なんだろう、とか、自分が思ってる事は世間的に見れば大多数派な気がするけど、それが「正しい」とは限らないよな、とか。 多様性を理解してる私いい感じ♪って思いつつ結局理解すらできてない人がこれを読んだら、グサって抉られるような気持ちになる物語だと思う。 というか、私もそうだったのかなと思ったりもする。偽善者ぶってるみたいな?これ以上書くとしんどくなりそうだから、もうやめておこうかな。 もう少し大人になったらまた感じることが違う気もするので、いつか再読したい。

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