いい子のあくび

文芸

いい子のあくび

高瀬隼子

集英社 · 2023年7月5日 · 171ページ

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内容紹介

芥川賞受賞第一作。 公私共にわたしは「いい子」。人よりもすこし先に気づくタイプ。わざとやってるんじゃなくて、いいことも、にこにこしちゃうのも、しちゃうから、しちゃうだけ。でも、歩きスマホをしてぶつかってくる人をよけてあげ続けるのは、なぜいつもわたしだけ?「割りに合わなさ」を訴える女性を描いた表題作(「いい子のあくび」)。 郷里の友人が結婚することになったので式に出て欲しいという。祝福したい気持ちは本当だけど、わたしは結婚式が嫌いだ。バージンロードを父親の腕に手を添えて歩き、その先に待つ新郎に引き渡される新婦の姿を見て「物」みたいだと思ったから。「じんしんばいばい」と感じたから。友人には欠席の真意を伝えられずにいて……結婚の形式、幸せとは何かを問う(「末永い幸せ」)ほか、社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たちへ贈る全3話。 【著者略歴】 高瀬隼子(たかせ・じゅんこ) 1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞。2021年『水たまりで息をする』で第165回芥川賞候補に。2022年『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞。

  • 遠藤きなこ

    2026年7月16日

    淡々と続く諦めにも似た日常

    「いいこ」であることは生きづらい。この本の主人公ほどではないが、私にもそれは経験がある。率先して面倒ごとを引き受ける、気を利かせる、先回りして対応する。賞賛される生き方なのだが、実際は反感を買うことも多い。 主人公も、この反感の渦の中で、それでも「いいこ」をやめることができず、大きな猫をかぶって生きている。そして、その反抗心からきた行動が、スマホ歩きの人を避けないという行動になった。 主人公に降りかかる嫌なことは、特に解決することはない。劇的になにかが変わることもなく、前向きになって人生をおくるわけでもない。ただ淡々と、それでも日常を過ごす。 この本には3本の物語が載っているが、そのどの主人公も、なにかしら心にわだかまりのようなものを抱えている。そしてそのモヤモヤは解決することはない。しかし、彼女たちは、それぞれ小さな「憂さ晴らし」をしてそれをやり過ごす。その憂さ晴らしは、なんの効力も発揮しない。むしろ誰にも気づかれない、ただそれで彼女たちが納得するだけ。 日常というのはそんなものかもしれない。モヤモヤは解決せず、何かが大きく変わることもない。私たちはみんな、なにかしら「憂さ晴らし」や「気晴らし」をして日常に戻っていくのかもしれない、と思った。

  • りす

    2026年5月5日

    相反する心を一つの体に宿している

    表紙がかわいい! ちょっとだけ、ほんとにちょっぴりだけど純文学の読み方?捉え方?がなんとなくわかったような気がする この歳になってようやくとも思うけど、何事もタイミングがある。読む本もそう。 芥川賞関連作家を後何冊か読むともっと読むリズムみたいなものが掴めていいのかな? 物語ではなく、心の中、内証を読む、捉えて書いてあるという事だと思う そう考えて読めば、確かに一つの体の中に二つの思いがあって相対する人により心の持ち用が変わるし、書いてある心の動きもわかるなあと思った ぶつかっていくことは私には判らないし、そんな事思ったりしないけど、私に気づいてっていう比喩だろうしな いやこれも私が捉えたもので、人によって感じたことは違うから一様に指摘は出来ないか 私から見ると、純文学の方が書くのは難しいと思う ストーリー性があるものの方が圧倒的に書きやすい、わかりやすいのでは?など思った 表紙がかわいいのはとてもよい 軽やかで

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